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無心の強さ

内面に多大な徳を秘めた人は、いわば赤子(あかご)のごときものである。無心な赤子は、毒虫も刺さない。猛獣も爪をかけない。猛禽(もうきん)も飛びかからない。朝から晩まで泣き叫んでも、声がかれない。自然に順応しきっている証拠だ。ところが世の人々は、作為によって力をつけては、それが喜ばしいことだと考え、自然に逆らって私意を通しては、それが強さだと考えている。強壮のかげには必ず老衰が潜む。これを悟らず、強壮にのみ執着するのは、「道」にはずれた行為である。「道」にはずれた行為は、長続きしない。
(参考:奥平卓・大村益夫訳「老子・列子」):徳間書店

和光同塵

真の知者は、知をひけらかさない。知をひけらかす者は真の知者ではない。真の知者は、感覚にとらわれず、みだりに私意をはたらかせない。才知を捨て、自己主張せずただ平々凡々として、世俗に同調する。「道」と一体化するとは、このことである。だから真の知者に対しては、親しむべきか、慎むべきか、利するべきか、害すべきか、尊敬すべきか、人々は判断のてがかりがつかめない。このような、外からの力ではどうすることもできない人物こそ、もっとも偉大なのである。
(参考:奥平卓・大村益夫訳「老子・列子」):徳間書店