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統治者はへりくだらねばならぬ

百川の流れを集める大河と海洋、それは川の王者である。川より低く位置するから、川を集めて王者同様に、人民を統治しようとすれば、まず辞を卑(ひく)くしてへりくだらねばならぬ。人民を指導しようとすればまず退いて後に従わねばならぬ。聖人は、この道理をわきまえている。したがって、聖人の統治のもとでは、人民はいささかの抑圧をも感じないし、聖人の指導のもとでは、人民はいささかの束縛をも感じない。
(参考:奥平卓・大村益夫訳「老子・列子」):徳間書店

われに三宝あり

「大きいことは大きいが、どことなくぬけているようだ」。わたしの説く「道」を、世間はこのように批判している。「道」はたしかに大きい。大きいからこそ間がぬけて見える。間がぬけて見えないくらい大きいなどと言えない。この「道」から、三つの宝が引き出せる。第一は「人をいつくしむ」心である。第二は、「物事を控えめにする」態度である。第三は、行動において「人の先に立てない」ことである。人をいつくしむからこそ、勇気が生まれる。控えめだからこそ、窮まることがない。人の先に立たぬからこそ、人を指導することができる。
(参考:奥平卓・大村益夫訳「老子・列子」):徳間書店