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人生の楽しみ

林類(欲望を捨て去って、木や林の類に近い人物)は、もう百歳近い老人である。春なのに、まだ冬の毛皮を着たまま、田のあぜで鼻歌まじりに落ち穂をひろっている。おりから衛の国へ行く孔子が、この姿をみかけ、弟子たちをふりむいた。子貢が問うた。「ご老人、落ち穂ひろいなどしているのに鼻歌ですか。ご自分をみじめだと思いませんか。」林類はわらった。「ひとがみじめと思うことがわしには楽しみなのだ。お前のいうとおり若いころ勉強しなかった。おとなになって出世など考えなかった。だからおかげで長生きできたのだ。だから楽しいのだ。」
(参考:奥平卓・大村益夫訳「老子・列子」):徳間書店

三つの楽しみ

孔子が泰山を旅行したとき、栄啓期(えいけいき)と出会った。孔子はたずねた。「何がそんなに楽しいのですか。」「たくさんありますよ。天が作ったもののなかでも、人間は万物の霊長。わたしはその人間に生まれることができた。これが第一の楽しみ。その人間には男女の別があって、男の方が身分が高い、わたしは男に生まれた。これが第二の楽しみ。せっかく人間に生まれながら日も月も見られず、産衣のまま死んでゆく者もいる。それなのにわたしはもう90歳だ。これが第三の楽しみ。」
(参考:奥平卓・大村益夫訳「老子・列子」):徳間書店