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絶対無窮の存在

弟子たちは列子に頼んだ。「いちどお別れしてしまったらこんどいつお会いできるかわかりません。お願いです。わたしたちに後々の心得となることばを残して行って下さい」。それでは話そう。「万物の生成変化をつかさどるものは、それ自体、生成し変化することはない。だからこそ、生成変化の根元であり得るのだ。だが万物は、生成変化をその本質とする。したがって、常に生まれ常に変化し寸秒のいとまもなく動きつづける。ただ、みずからは生成せず変化せぬもののみが、絶対無窮の存在なのだ」
(参考:奥平卓・大村益夫訳「老子・列子」):徳間書店

一は物の変化の始め

昔、聖人は陰陽にもとづいて天地を支配した。形のあるものは形のないものから生じたのだ。とすると、天地は何から生じたのか。いちばん最初にあるものが太易(たいえき)である。それから、太初(たいしょ)、太始(たいし)、太素(たいそ)と変化する。太易はまだ「気」になっていない。太初は「気」の始めである。太始は「形」の始めである。太素は「質」の始めである。易とは形がないことである。易が変じて一となり、一が変じて七となり、七が変じて九となる。「九」は「究」であって、ここでまた一にもどる。一は物の変化の始めである。
(参考:奥平卓・大村益夫訳「老子・列子」):徳間書店