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朝三暮四

宗の国に、狙公(猿おじさん)という男がいた。猿が好きでたくさん飼っていた。猿の気持ちもよくわかるし、猿もまた狙公になついていた。狙公は家族の口かずまで減らして猿に食わせていたが、しだいに貧乏になってしまい、えさの栗を減らそうとした。一計を案じた。「朝は三つ、夕方は四つずつだぞ」。こういうと、猿どもはみなおこった。「では、朝に四つ、夕方に三つならどうだ」。案の定、猿はみなよろこんだ。知恵のある者は知恵のない者をこの手でまるめこむ。
(参考:奥平卓・大村益夫訳「老子・列子」):徳間書店

作為は無作為に及ばない

ある海辺に住む男。たいそうかもめが好きで、毎朝、波うちぎわに出てはかもめと遊びたわむれていた。集まるかもめは百羽を超えた。父親がいった。「お前、かもめと遊んでいるそうだな。あした行ったら、ニ、三羽いけどりにしてきてくれ。ためしに飼ってみよう」。ところが次の日、かもめは高く飛びまわるだけで、浜辺におりてこなかった。だからいうではないか。「最高の雄弁は無言だ。最上の行為は無為だ。凡人の知恵など浅はかなものだ」。
(参考:奥平卓・大村益夫訳「老子・列子」):徳間書店