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上杉鷹山の経営改革(その1)

日本中が天明の大飢饉に襲われたとき、米沢藩では1人の餓死者も、1人の流浪者も出さなかった。その最大の理由は、鷹山の立て直しによっていた。鷹山は非常に倹約家であって、決してぜい沢をしなかった。自分で儲けるためにではなく、あくまでも藩のために経済を再建した。経済が真に「公」の問題として取り上げられたといえる。
(参考:山本七平「指導者の帝王学」):PHP

上杉鷹山の経営改革(その2)

鷹山はどのようにして再建を進めたのであろうか。その第一が倹約である。まず藩主自身の生活費、今でいえば社長の月給のようなものであるが、およそ年俸1500両あったのを209両に減らしてしまう。自ら七分の一に減俸した。同時に54人いた奥女中を9人に減らす。不要不急の人員を減らした。
(参考:山本七平「指導者の帝王学」):PHP