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神道の教理

神道の教理には「原罪」の教義を容れる場はない。逆に神道は人間の魂の生来の善と神のような純粋を信じ、それを、神託が宣せられる奥殿としてあがめる。だれしも認めたことだが、神社には礼拝の対象や祭具は目立って無く、聖所にかかっている簡素な鏡が、その調度の重要部分をなしている。
(参考:佐藤全弘訳新渡戸稲造「武士道」):教文館

鏡は人の心の象徴

この鏡の存在はたやすく説明ができる。鏡は人の心を象徴している。人の心が完全に静かに澄んでいれば、まさに神の姿を映す。それゆえ、神社の前に立って拝おがむとき、あなたは自分自身の姿が鏡の輝く表に映るのを目にするのであり、礼拝行為は昔のデルフォイの命令(ギリシャ中部のパルナソス山麓のアポロン神殿の巫女が神託を伝えた)である「なんじ自身を知れ」と同じである。
(参考:佐藤全弘訳新渡戸稲造「武士道」):教文館