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知的専門家は機械とみなされた

別の人(三浦梅園「1727-1789」)は、学問を臭いにおいのする葉にたとえて、「学問は臭き葉のようなり、能く能く臭みを去らざれば用いがたし。少し書を読めば少し学者臭し、余計書を読めば余計学者臭し、こまりものなり」とのべた。そう書いた人の言わんとするところは、知識が本当に知識となるのは、それが学ぶ人の心の中に同化され、その人の性格に現われたときだけだ、とのことである。知的専門家は機械とみられた。
(参考:佐藤全弘訳新渡戸稲造「武士道」):教文館

知識は知恵に至る手段

武士道は知識そのものは軽視した。知識は目的そのものとして追求されば、知恵に至る手段として求められた。それゆえこの目的に至ることのできない人は、たかだか便利な機械とみなされ、求めに応じて歌をよんだり、格言を口に出したりできる者とされた。こうして、知識は人生におけるその実際的応用と同一視された。そしてこのソクラテス的な教えの最大の唱道者は、中国の儒者王陽明であった。彼は「知行合一」をくりかえして、うむところがなかった。
(参考:佐藤全弘訳新渡戸稲造「武士道」):教文館