• 古典に学ぶ
    Classics

王陽明と新約聖書

ここで、この主題を論じているさいだが、しばらく脱線するおゆるしを乞いたい。というのも、最も高潔な武士の何人かは、この賢者の教えにつよく影響されたからである。西洋の読者なら王陽明の著述中に、新約聖書と似た例を、いくつもたやすく認められよう。それぞれの教えに特有な用語を考慮すれば「何よりもまず神の国と神の義を求めなさい、そうすれば、これらのものはみな、加えて与えられる」という句は、王陽明のほとんどのページにも見出される思想を伝えている。
(参考:佐藤全弘訳新渡戸稲造「武士道」):教文館

心は生き物でありつねに輝く

王陽明の日本人の弟子の一人は言う。「天地生々の主宰、人にやどりて心となる。故に心は活物にして、常に照々たり」(天地と全生物の主は、人の心の中に宿し、人の心となる。ゆえに心は生き物であり、つねに輝く)と。また言う。「その本体の霊明は常に照々たり、その霊明人の意に渡らず、自然より発現して、よくその善悪を照らすを良知という、かの天神の光明なり」(われわれの本質的存在の霊的光明は純粋にして、人間の意志に左右されない。われわれの心からおのずから発出してきて、善悪の何たるかを示す。その時それは良心と呼ばれ、まさに天の神から出る光明である)と。
(参考:佐藤全弘訳新渡戸稲造「武士道」):教文館