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日本人の心

これらのことばは、アイザック・ペニントン(1745-1817、イギリスの医学者)や他の哲学的神秘家たちの文章と、何とよく似た響きがすることだろうか。日本人の心は、神道の単純な教義に現われているように、とりわけ王陽明の教えを受け容れ易かったのだと考えたい気がする。王陽明はその良心無謬説を極端な超絶論にまで押しすすめ、良心で正邪善悪の区別だけでなく、心的事実や物的現象の本性をも認知する能力を付与している。
(参考:佐藤全弘訳新渡戸稲造「武士道」):教文館

王陽明の体系

彼は観念論において、バークリー(1685-1753、イギリスの哲学者、存在するとは知覚されることがモットー)やフィヒテ(1762-1814、ドイツの哲学者、カントを継承)以上ではなくても、同じくらいまで論を進めており、人間の知識の圏外には事物の存在を否定したのである。王陽明の体系には、独我論(真に存在するのは自我とその意識だけで、世界は客観的に存在しない、意識の所産にすぎないとの説)が非難される論理的誤りがすっかりそなわっている。
(参考:佐藤全弘訳新渡戸稲造「武士道」):教文館